ラーメンの歴史|発祥地〜有名店、時代の流れと「味」のすべて。

今や「ラーメン」は日本食とも言われていますが、そもそもの歴史はどうなのか?気になる人もいると思います。

そこで今回はラーメン通でも知らない人もいる、ラーメンの歴史についてご紹介します。

例えば、発祥の地はどこなのか?時代の変化とともに有名店はどこだったのか?味はどんなのが主流だったのか?

この記事を読み進めれば「ラーメンの歴史」がすべて丸っと分かります。

ラーメンの歴史!発祥地はどこ?中華料理?日本食?


手軽な価格で食べられるラーメンは今も昔も人気のある国民食で、日本各地の国道沿いや市街地には多くのお店が軒を連ねています。

海外でも日本のラーメンが人気を集めていて、ニューヨークのオフィス街では昼になるとラーメン店の前に長い行列ができる姿を目にすることができます。台湾・韓国・中国本土でも日本のラーメン店が進出していて、現地でも大人気の食べ物です。

ラーメン(拉麺)に使用されている中華麺の発祥は中国本土で、中国語で「麺」は小麦粉を、「拉」は「伸ばす」という意味があります。

水でこねた小麦粉を何度も手で伸ばすことによって作られた麺を「拉麺」と呼び、生地を薄く伸ばして包丁で切って面に加工する日本の「うどん」や「そば」とは異なります。中華麺には、麺に独特のコシや食感を加える目的で「かん水」が加えられているという特徴もあります。

小麦粉を伸ばして作られる拉麺が誕生したのは中国北西部の蘭州で、牛肉のスープに茹でた麺を入れた料理です。

薬味としてコリアンダーなどのスパイスが使用され、香辛油と呼ばれる辛い油で味付けされます。蘭州の拉麺のスープに豚肉は使用されないため、中国では牛肉麺とか牛肉拉麺などと呼ばれることがあります。

拉麺(ラーメン)の発祥地は中国の内陸部で、かん水を加えた小麦粉の生地を伸ばして作られる麺に肉をベースとしたスープで味付けをするといった基本的な部分については、日本のラーメンとよく似ています。

ちなみに日本の素麺(そうめん)も小麦粉の生地を伸ばして作られますが、かん水を使用しないことや天日で乾燥させながら時間をかけて麺を細くするという点では中国の拉麺とは異なります。

ラーメンの歴史!結局ラーメンって中華料理?日本食どっち?


日本で拉麺(ラーメン)と聞くと中華料理を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、「かけうどん」や「かけ蕎麦」のようにスープの中に中華麺が入れられた誰もが知っている“ラーメン”は伝統的な中華料理の拉麺とは異なります。

中国の内陸部で誕生した麺料理である拉麺は中世に日本に伝わったという説があり、国内で1488年にかん水が使われた「経帯麺」と呼ばれる中華麺が存在したという記録が存在します。江戸時代の1697年には、水戸光圀が中華麺を食べたという記録が存在します。

ただし、誰もが知っているラーメン(中華そば)が日本人の間で普及し始めたのは明治時代以降で、日本に移り住んだ外国人によってもたらされました。

誰もが知っている日本の「ラーメン」は、1910年に尾崎貫一が浅草で開いた中華料理店「来々軒」で出された麺料理を発祥とする説があります。

尾崎貫一は中国人料理人12名を雇い、中国の拉麺を日本人の口に合うようにアレンジした麺料理のメニューを考案して、「支那そば」として知られるようになりました。この後に多くの日本人がスープや麺に改良を加えることで、現在知られている日本のラーメンが誕生しました。

中国やその他の国では日本人の手によって改良が加えられて作られたラーメンは中華料理とはみなされておらず、海外では日本食のカテゴリーに入ります。日本のラーメンは拉麺発祥の地である中国では「日式拉面」と呼ばれており、中華料理とは区別されています。

ちなみに「日式拉面」は中国でも大人気で、日本のチェーン店が中国に進出して日本風のラーメン(中華そば)が提供されています。

ラーメンの歴史!時代とともに変わった「味」の主役


中国の蘭州で誕生したとされる拉麺は日本のラーメンと比べて麺に含まれている「かん水」が少ないため、うどんや素麺に近い食感を持っています。

豚肉や鶏肉ではなく牛肉ベースのスープで味付けをするという点でも、日本のラーメンとは大きく異なります。鶏ガラベースのスープに醤油・塩・味噌などで味付けされた日本のラーメンは、時代とともに進化し続けてきた結果といえます。

一般的に伝統的な日本のラーメンのスープは、しょうゆ・塩・みその3種類が知られています。

1910年に浅草の中華料理店「来々軒」で考案されたラーメンのスープ醤油味で、このスープが日本のラーメンの主役として君臨し続けてきました。ところが1990年以降になると、九州地方で食べられていた「とんこつラーメン」も日本各地で知られるようになりました。

昔ながらの調味料に加えて、魚醤・魚粉・鰹節といった調味料をブレンドしたり、ざるうどんのような「つけ麺」やパスタのようにタレを絡めた「油そば」といった個性的なラーメンも数多く存在します。

日本でラーメンの味が大きく進化して多様化したのは、1990年代のバブル期末以降です。

この頃には日本各地のお店が競うように個性的なラーメンの開発を行ってきました。2010年以降は日本のラーメンが訪日観光客の間に知られるようになり、ベジタブルラーメンや豚肉を一切使用しない「ムスリムフレンドリーラーメン」を出すお店も出現しています。

日本のラーメンの味付けの主役は時代とともに進化し続けており、とんこつや他の食材に変化し続けているといえます。

時代とともに注目された「ラーメン有名店」とは


明治時代に日本で誕生したラーメンは進化を遂げていますが、いくつかの有名店・人気店が火付け役となって全国に知られるようになったスープやアレンジが存在します。

1980年代頃までは、「とんこつラーメン」は九州地方でしか知られていませんでした。

ところが、1987年に「マネーの虎」に出演したことでも知られる川村ひろし社長が開いた本格的な豚骨ラーメン店「なんでんかんでん」が火付け役となり、90年代に日本全国で「とんこつラーメンブーム」が巻き起こされました。

「なんでんかんでん」によって起こった「とんこつラーメンブーム」によって、日本全国で本場九州のとんこつラーメンが知られるようになったといえます。30年が経過した現在は、豚骨ベース・細めのストレート麺という組み合わせの「とんこつラーメン」のお店が日本各地に存在します。

2000年代には、埼玉県川越市で「頑者」がオープンし、魚粉(節粉)・極太麺・濃厚魚介を組み合わせたつけ麺が登場しました。

「頑者」が考案したつけ麺は、日本各地のラーメン店で提供されています。2000年代は濃厚なドロ系スープがブームになりましたが、2010年代に入ると一転してあっさりとしたスープを特徴とする淡麗系が人気を集めるようになります。

2020年には、「NIPPON RAMEN凛RIN TOKYO」や「中華そば成城青果」といった有名な淡麗系ラーメン店が開店しました。2020年代に入ると、汁なしの油そばや肉類を一切使用していないヴィーガンラーメンなどの個性的なラーメンを提供するお店が増えて、新たなジャンルに進化を続けています。

本日のまとめ


今日の記事では中国誕生したラーメンの歴史や、日本食としての進化してきた道筋について簡単に触れました。

まとめとして、海外では日本食とみなされているラーメンは明治時代以降に日本人の手によって独自に進化してきたものであり、中華料理の拉麺(牛肉麺)とは大きく異なります。今も日本のラーメンは進化を続けており、新たなスープ・味付けや食べ方が考案され続けています。

人によって味の好みが異なるので、この記事でご紹介したラーメンの味・お店ついての評価は人それぞれです。

もしかすると一部の方にとっては、従来にはなかったような全く新しいタイプの個性的なラーメンを受け入れにくいと感じるかもしれません。それでも、個性的なラーメンが近い将来に多くの人々の間で知られるようになって日本各地で定着するようになる可能性があります。

ラーメン好きの方は新たなメニュー・味付けに積極的にチャレンジしてみることで、日本のラーメンの進化を見守ることができるかもしれません。